2014/05/23 18:00 メルマガより

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【頭で歩かない、足で歩こう、はだしで歩こう。】 

わたしはたまに、自分が消えてしまいそうな感じになることがあります。 
というか、完全に「わたし」がいなくなるときがあります。 

慣れないと、ただの無力感ですが、 慣れてしまえば、心地よい「あるがまま」です。 

ちがいは紙一重。 でも、効果はぜんぜん違います。 

無価値観とか、無力感というのは まだ自分に何か出来るかもしれない、 
という密かな想いがあるがゆえに生まれる 自我の上での苦しみです。 

本当は、そのときに思い切り「自分には何もないのだ」と思ってしまうことで、 
ハートが求めているところにまでいきつくのですが、 
ほとんどの人はそこへ(底へ)落ちることを嫌がります。 

でも、そこ(底)へ落ちるということは 地に足をつけるということ。 

誰の中にもある無気力感、無価値観は、 

「地に足をつける」ためのスタート地点であると思えばいいかもしれませんね。 

ほんとうは、そこから落ち着けばいいのですが、 変にそこからあがこうとします。 

「私は、これだ!」と思うものを探しまわります。 
「愛されている証拠」が欲しいが故に誰かの言葉や行動を求めます。 
「確実な未来」を感じたいがためにあれやこれやといらない思考をめぐらせます。 
「正解」「正しく」に自分が当てはまっているか気になります。 

「あの人」が自分をどう思っているのか?気になります。 

さ、そんなことあなたにもありませんか? わたしにもたまにあることですし、 
誰にでも、よくあることです。 

でも、どれもあえて「やらない」ことで、 

はっきりと自分が地に足をつけた感覚がわかるようになります。 

この「やらない」には勇気が必要ですが、 自分のことに対する上っ面な自信ではなく、 
そうではない奥の確信(核心)が強まる行動を積み重ねたいですよね。 

イメージとしては、「頭」で生きてるんじゃなくて「丹田」で生きている感じ。 

多くの人は、頭で歩いています。 頭で先走っているので、足が動きません。 

でも、頭は足が動いたあとについてくればいいのです。 
そういう意味でも、まずは足が動けるのがいいですよね。そのための 
丹田に意識があるといいですね。 

地球は丸いんだと信じて、はだしで歩こう。 

そんなイメージかですかね。 

 

ね。

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