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認められたいのではなくて、受けとめられたい。

このセミナーを準備しているからなのですが、

 

 

最近はずっと、承認欲求について改めていろんな方向から考えています。

 

 

承認欲求という表現の、

 

承認

 

というところが、

 

本質的なところをややこしくしてるのかも、、、と思いました。

 

 

人は、認められたいのではなく

“受けとめてほしい”

のでしょう。

 

 

 

認められることは、

距離を置いて遠くからでもできます。

 

 

すごいね、
かっこいいね、
かわいいね、
できる人だね、

 

でも、どんなに言われても境界線を感じたり、

 

あなたとわたしは別々だと言われているような疎外感を感じるなら、

 

きっとその承認は

むしろ渇望を生むのではないでしょうか。

 

 

受けとめられるという体験には

包みこまれる感覚があるのでしょう。

 

 

たとえ、距離があったとしても

 

あ、ここにいていいんだ

 

という、場とか環境からの許しがある。

 

 

認められても認められても

どこか心の中にぽっかり穴があく感じがするのはきっと、

 

 

どんな言葉をかけられたとしても、

足で踏んでいる大地から

 

そこにいることを許されていない感じがするから。

 

 

立つ、というのは

とても基本的な命の表現だと

潜在意識メイキングの講義などで

いつも伝えています。

 

 

はやく歩けなくても

たかく飛べなくても

 

ひとは、立つことを

大地から許されている。

 

 

受けとめられる、ということは

とても大切なことだと思うのです。

 

 

 

承認欲求とは本来、

そのような本質的な欲求であると

わたしは考えています。

 

 

つまり大切なのは、ことばじゃなくて

 

自分は今、受けとめられているという

体感的な実感なのです。

 

 


 

 

受け止められている、という体感・実感は

裸足で土を踏みながら歩いていると

 

 

わたしは何をしててもしなくても

とりあえず、この地に受け入れられている

と感じることができます。

 

 

それは靴を脱がなくても、アスファルトの上であっても、意識をすれば体感できること。

家があること。

知り合いがいること。

とりあえず眠ることができること。

 

 

自分がどう思われているのか、どう評価されているのか、なんてのはちょっと置いといて

チームに所属していたり、組織にいたり、会社がある

今日も、とりあえず、そこに行ける、いられる、ある、ということは

 

 

自分はとりあえず、受けとめられているという事実。

 

 

なんかちょっと苦しくなったら、深呼吸して”受けとめられている”という事実を感じてみると、いいです。

 

 

(モンゴルのゴビ砂漠に行ったときの。またあの地を踏みたいなぁ)

 

 

承認欲求に関するセミナーは4月30日まで受付中です。

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