深淵なる意識の世界を探求するシリーズ。過去のブログ記事や、配信したレポート、などから厳選し、加筆・修正してお届けします。新しい読みものも随時更新していきます。

洞察ふたつの法則と、あるがままの気質

 

12月17日20時配信予定のインスパイアニュースレターの一部内容です。

 

POINT

法則その1

 

遅すぎる後悔も早すぎる気づきもなく、宇宙はタイミングを間違えることはない

 

法則その2

 

わたしたちに必要なのは許可と許しだけ

 

 

私がニュージーランドにいて、うーんうーんと考えてようやく言葉にできた、いくつかの”こたえ”のうちのふたつ。お気に入りの、ふたつ。

 

今日は、このふたつについてお話ししながら、加えて”あるがままの気質”についてと、”2種類の罪悪感”そして、”抵抗”について解説していきたいと思います。

 

 

冒頭の宇宙の法則的なものから、どのようにして”抵抗”にまで話が進むのか・・・もしかするとピンとこない方も多いかもしれません。

 

しかし、不思議な物語のように、突然あるところで出会い、手をつなぎ、気づいたらこれらは全て関係しあっていた、というようなシンクロニシティを感じるほど、深いつながりを持っています。

 

 

果たしてその壮大な物語を私の言葉で表現できるのか、ちょっと不安も残りますが、まぁなんとかしてこのストーリーを皆さんに届けたいと思って、今月はこれらをテーマにしました。

 

まずこの物語の結論から、述べていきましょう。

 

最初は冒頭にも出てきたこのふたつの法則。

 

法則その1

 

遅すぎる後悔も早すぎる気づきもなく、宇宙はタイミングを間違えることはない

 

法則その2

 

わたしたちに必要なのは許可と許しだけ

 

 

そして、私たちの”あるがままの気質”というのは、本当は放っておいても常に作動し、放っておけば置くほど自然の循環サイクルの流れの中にのって、

 

適切な温度や適切なスピード感で稼働する、これもある種の法則です。

 

だから、本当はわたしたち、自分で自分のことを管理する必要はないのです。むしろ、力の抜き方、手の抜き方を、知っていく方が重要かもしれません。

 

 

あるがままの気質というのは、別名:変えられない(変える必要もない)性質、体質、宿命

 

みたいなものだと、ここでは定義します。

 

 

実は、そういった気質というのは基本的に放っておいてもいいのです。というか、普通に呼吸をするのと同じくらいでいい、ちゃんと出るようにしてくれているから大丈夫、ということ。

 

 

だから、例えば自分の潜在的な能力とか天才性とか、才能とか強みとか、個性とかいうのも、本来は放っておいてもそのような部分が自然と出てくるようになっている、ということなのです。

 

 

しかし、私を含めきっと多くの人が思い悩んだことがあるはずです。そして、自分のそういった潜在的な気質を知ろうとしたことが、あるはず。

 

自分には何ができるのか。
自分にはどんな才能や能力があるのか。
自分は何もできない、できていないのではないか。
自分の使命はなんなのか。
自分の活かすべき性質はなんなのか。

 

それらがさらに、自分には生きている価値はあるのか、などといった自分の存在に対する不信感にまで伸びてしまうことさえ、あります。

 

潜在的な能力はない・・・活かせていない・・・自分の才能を発揮できていない・・・と。

 

法則的に言えば、自然にしているだけであるがままの気質は発揮され、そのままでいれば普通によくて必要な時に必要なことができるから結果もよし、自分には才能や能力があるのかという疑いさえ生まれません。

 

 

でも、どういったわけか、私たちは日々、自分の気質に振り回されたり悩まされたり、自分の才能に対する疑いの中に、長い間いてしまうのです。

 

どうして、放っておけば、自然にしておけば、出てくるし発揮されるし滞りなく循環する”あるがままの気質”を、忘れてしまったり、あるいはそのバランスを失ってしまったり、するのでしょうか。

 

 

実は、それには”罪悪感”が関係しています。

 

罪悪感が、”自分を管理すること”に繋がっていきます。

 

そして、その罪悪感は私たちの”深い抵抗感”に、繋がっています。

 

 

今回のニュースレターでは

 

幸せになることへの抵抗感
本当にやりたいことをやって夢を叶える抵抗感
自分の可能性を広げることへの抵抗感

といった、通常感じるよりさらに深いところにある抵抗感について扱っていきます。

 

さて、ここからこの壮大な宇宙のお話にお付き合いいただきましょう。

 

 

物語の始まり、始まり・・・。

 

 

自分の気質を自然に返す、ということ

 

まずはじめに、気質のお話から。

 

もともとこのようなテーマに至ったのは、ニュージーランドにいる時に、自分のある気質に思い悩まされたからでした。

 

 

わたしはひどく、神経質なタイプだと思います。いや・・・ひどく、というより、ある特定の部分に関してだけ非常に神経質です。

 

また、聴覚過敏なのと視覚過敏なため、音と色にとても敏感で疲れやすい気質なのです。

 

不安症もありますし、ある特定のパターンで、トラウマ的なものがフラッシュバックを起こすと、ずっとそれに囚われてしまい疲れてしまう・・・といったことがよく起きています。

 

 

昔とまったく違うのは、そんな自分を責めなくなったこと。とは言え、タイミングがタイミングだと、そんな自分がとても嫌いになってしまうほど症状が出てしまうことは、未だにあります。

 

 

ニュージーランドでまさにそのようなことが、ありました。

 

わたしの気質については、自分でよく理解し、受け入れ、認めていたつもりでしたが、それに対してある重要なことを見逃していたのです。

 

 

それは、わたしの気質が持つ、完璧性です。

 

 

今までは自分のその気質を受け入れた上で、「よし、この気質をなんとか使おう、逆に有効活用しよう」だなんて思っているところがありました。

 

それがうまく使えないと落ち込んだし、逆にその気質のおかげで成り立っている、素晴らしいことにも目を向けようと、してきました。

 

 

・・・が、実はその”意識”こそが本当は不必要な力となって、自然なものを不自然にしているのではないか、とふと思ったのです。

 

 

自分を受け入れることと、自分を肯定することは違うこと。

 

 

そんな話を講座でしていたにも関わらず、あれ、もしかして、自分の気質を”生かそう”とすることというのは、必要ないことなのではないか・・・と気づいたのです。

 

自分を活かそう、とするから、自分をジャッジすることは避けられない。

 

なぜなら、自分を活かそうとするのは、”わたし”だから。

 

その”わたし”からは、いつまでも離れられない。

 

なので、私はそこから自分のあるがままの気質が持つ完璧性に意識を向けることにしました。

 

違う表現をするなら、わたしのあるがままの気質は、わたしがその効果効能を自分のものさしで測って、いちいち良いだの悪いだの、これに生かすだの、こうならないようにするだの、コントロールする必要なんてないくらいに、

 

 

超自然の一部であり、放っておいても作動するし、必要な時に必要なだけ活きるようになっている・・・と。

 

 

自分のあるがままの気質を、風とか水とか樹々たちと同じレベルの超自然現象として捉えて見ることに、したのです。

 

(続きはインスパイアニュースレターで。)

 

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