洞察自分自身とのパートナーシップを築くために

 

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誰かの中に、私を存在させたい

 

父と母、あるいはそれに匹敵するような存在から私たちは、“他者の中で生きる上手な方法、正解”を見つけていきます。

 

父は言います。「こういう人になりなさい」母は言います。「こういう人になっちゃダメだよ」

 

 

私たちは、そういった身近な他者(しかも、自分の命を支える強者)からの言葉を通して、内側の感覚をコントロールしたり、時には否定をしたりして、自分を変えて行こうとします。

 

 

父と母の言う通りにできなければ、内側の素直な感覚よりもその言葉を信じ、彼らの顔色が悪ければ、自分の中に“ない”ものまで創り出して機嫌を取ろうとする。

 

 

生き残るために私たちはペテン師になるのです。自分を上手に騙し、自分を上手に偽り、自分に嘘をつくことに優れた詐欺師になっていくのです。

 

 

そのようなスタートから始まった人生は、他者の中に永遠に残る自分を目指して邁進するプロセスを通ります。

 

 

誰かにとって必要な人でいるための手段に選ばれた自分は、大変優れた自分として残し、誰かにとって意味のない自分は闇へと葬ります。

 

 

そのうち、自分という一枚の布がビリビリに破られて、誰かを癒やして包み、求められるような部分だけが自分とみなされます。

 

それ以外の、なんの面白みもない、絵柄もない、つまらないといった一部は完全に、無意識下にしまいこまれてしまいます。

 

 

感情や感覚もコントロールされ、全ての基準をが“他の人との関係性を築くため”となります。抑圧された感情はだいたいが人の関心を引くことがない感情です。

 

逆に、感じてもいいと許可を出される感情は、誰かの興味や関心を引きつける感情です。それも人によって様々です。

 

ある人は怒りを許可できます。なぜなら、怒りの感情は他者との関係を築くために必要であると覚えているからです。

 

しかし、悲しみは無意味だとされています。そうすると悲しみは闇に葬られ、自分の中で登場することを許されません。

 

 

闇に葬られた感情は、自分の無意識の下でただじっと息を潜めているか、身体へと蓄積されます。

 

筋肉や身体の部位に抑圧された感情が保存されます。その身体の部分に対する感覚は、ほとんどの場合感じられないことが多いです。

 

 

つまり、その部分に抑圧された感情が保存されているので、その身体の部分さえも感じることができないということです。

 

結果、その身体の部分からの声が聞けなくなります。そういったことから身体的な不調が最終的に起こります。

 

 

内側で起こる分裂は、自分の中をビリビリに引き裂くような痛みを伴います。しかし、多くの人がその痛みさえ感じていません。

 

自分の中にある全てを許せず、その矛盾や葛藤を許せず、他者との関係性において必要な部分だけ残したということさえ、忘れています。

 

 

大人になって成長し、その引きちぎられた自分の一部や、闇に葬られた自分の感情たちが声をあげるとき、痛みを感じます。

 

 

その痛みはかつて、自分が自分の中を引き裂いた痛みなのです。私たちが内面で感じる痛みは、他者や外側の環境で起こることをきっかけに感じるようになりますが、本当の発端は自分がかつて自分を引き裂いたことなのです。

 

 

それを思い出すまで、痛みはずっと自分の中に残ります。それは切り離された“自分の一部”が、一枚の布に戻るその時まで続きます。

 

だからこそ、痛みをサインにしなくてはいけません。

 

 

私たちが自分とのパートナーシップを本当意味で築いていくとき、私たちは痛みをサインに、その痛みを受け入れながら、そこから一つずつ自分のカケラを手繰り寄せて、そして再び1枚の布へと繋いでいく作業をするのです。

 

 

この作業そのものが、自分を慈しみ、自分を労わり、自分を愛することであると知るのは、その作業が完了したときかもしれません。

 

 

私たちはすぐ、自分を大切にするとか聞くと、自分の感情的な欲求を満たしてあげることだったり、好きなように生きることだったり、心置き無くお金を使ってあげることだったりすると、思ってしまいます。

 

もちろんそれらが間違っているわけではありません。

 

しかし、痛みを避け、痛みに触れようとせず、痛みを誰かのせいにし、その痛みを誰かに取り除いて欲しいと思っているならば、自分を大切にすることはできません。

 

痛みはサインです。

 

悲しみを感じるとき、痛みはありますか?さみしさを感じるとき、痛みはありますか?激しい怒りを感じているとき、痛みはありませんね。

 

私たちは、内側の感覚をコントロールすることに慣れすぎてしまっているので、すぐに感覚や感情を思考でどうにかしようとしてしまうのです。

 

 

思考が介入すると、“痛みのサイン”に気づくことができません。感情の“影”だけが漠然と胸のあたりや喉のあたりに居残り、肝心なサインまではわかりません。

 

 

感情の影は異物のような気持ち悪さがあります。その気持ち悪さをどうにかしようと、早く解消したくてたまらないのは、その影に覆われて、その影に追いつかれてしまうと、闇に入ってしまうからです。

 

 

しかし、闇にこそ葬られた自分の一部がいるわけです。その闇に入り込むことで初めて、痛みを感じます。

 

その痛みはサインとなって、何と何をどう繋いで、何と何が切り離されているのかを教えてくれるのです。

 

だからこそ、本当は勇気を持って、感情の影に追いつかれてしまわなければいけません。胸や喉のあたり、頭の後ろやお腹、首のあたりに生じる、“痛みを伴わない鈍い感情の影”というものを思考でコントロールすることをやめ、その影に覆われていきます。

 

 

私たちの人生には、その時間が必要なのです。その時間は私たちのその先に、彩りや統合感、一体感というギフトを与えてくれるからです。

 

 

多くの人はこのように、感情の影に追いつかれることを嫌がり、目の前に人参をぶら下げて走り続けます。

 

仕事で忙しくし、どうでもいいような予定でいっぱいにし、スマホの中には気分転換する音楽や映画、動画サイトなどをたくさん取り込みます。

 

 

全て、感情の影が現れたときに、それから逃げ切るための策として用意しています。果たしてそのような手段として行う仕事や趣味には、本当の喜びはあるのでしょうか?

 

 

全文はインスパイアニュースレターで配信中

 

 

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